Story
第2弾
Project 02
日ノ出工機株式会社
2020年度に開催された「KORIYAMA Tech Boot Camp」の参加をきっかけに、新しい製品が誕生しました。
生み出したのは、郡山市にある日ノ出工機株式会社の渡辺拓美さん。自社の技術とワークショップで得たデザイン思考を組み合わせて開発したのが、金属製のコームである「Jeal」です。これまではBtoB向けの製品開発を続けていた渡辺さんが、なぜユーザー向けの製品開発にチャレンジしたのか?そこにデザイン思考はどう役立ったのか?当時の講師を務めたマナブデザイン株式会社の高橋学さんを交え、インタビューしました。
日ノ出工機では重機などに使われる部品を主に作っており、B to Cの商品は前例がなかったと話す渡辺さん。しかし、前職の経験からモノづくりへの想いを持っていました。
渡辺さん日ノ出工機に入る前は自動車のカスタムショップに勤めていたんです。お客さんにとって理想の1台を作るために、日々考えながら働いていましたね。その経験もあって「弊社じゃないと作れないもの」に対する憧れはありました。
憧れから製品化までたどり着いたきっかけとは何だったのでしょうか。
渡辺さん業界でトップシェアを誇る企業たちと肩を並べるにはどうすればいいか、弊社の顧問によく相談していました。そこで言われたのが「自分たちのアイデアを信じて、何度失敗してもチャレンジすることが大事」という言葉です。その言葉が頭の中にあったからこそ、今回のプロジェクトにチャレンジすることができました。もしも参加していなかったら、製品開発に取り組むことはなかったと思います。
このようにチャレンジ精神を持って製品開発を行う企業は増えてきていると高橋さんは話します。
高橋さん2010年代、クリス・アンダーソンの「MAKERS」が火付け役になっていたと思います。それ以来、町工場に対するイメージも少しずつ変わってきました。日の光はまだ浴びていなくとも、社内で商品群を増やそうと取り組む企業、チャレンジを続ける企業は増えています。
顧客が求めるものを正確に・早く作ることが重要になる従来の製造業とデザイン思考のモノづくりでは考え方が大きく異なります。
高橋さん町工場が製品開発に乗り出して、成功する姿も失敗する姿も見てきました。失敗と捉えられる中で多かったのは、持て余した技術を昇華させたものの、ニーズがどこにもなかったケースです。反対に成功した中で再現可能だったケースが、ユーザーのニーズを拾うデザイン思考でした。
高橋さん日本の製造業の人たちは高い技術を持っています。だからこそ、製品開発の中断や商品化に至らなかったことが失敗と受け止められて技術がそのまま眠ってしまうケースを防ぎたかった。そのために、製造業の人たちがデザイン思考を技術の1つとして扱えるようフィットするにはどうすればよいか考え続けていました。
と高橋さんは振り返ります。
高橋さん実は当初予定していたプログラムと実際に行ったプログラムは全く別物でした。
と話す高橋さん。
高橋さんオンライン上で参加していただいた各社へインタビューを行った後に、ワークショップの内容を全て作り直したんです。想像していたよりも参加された皆さんのモチベーションが高くて、それに負けたくないと思いました。「自分たちとは何か」という土台作りに始まり、自社技術の棚卸しや販路開拓など、デザイン思考とは本来関係ない要素も多数組み込みました。参加していただいた方たちがどんな壁にぶつかっても乗り越えられるよう、様々なケースを逆算した結果ですね。どのステージにおいても「そういえば前にこんなこと学んだな」と、頭の片隅にあるインプットを思い出せるフレームワークになっています。
今回のワークショップを経て、日ノ出工機も大きな発見があったと話します。
渡辺さん自社の分析をすることで、自分たちにないものを確認する重要性を知りました。販路開拓が課題にあがっていたのですが、だからこそ知り合い伝にお願いしたり情報を集めたり、すぐに周りを頼ることができました。ワークショップの中で基礎知識を学んだことで話もスムーズに行えました。実践の場でもしっかりと活きていましたね。
プロジェクト初日から完成までに、日ノ出工機のモノづくりはいくつもの変化をしました。初日に書いたデザイン案と製品化される「Jeal」は全くの別物になっています。最終製品までにどんなプロセスがあったのでしょうか。
渡辺さん最初は純粋に格好いいだけのものを作ろうとして、インディアンジュエリーをモチーフにしたコームを考えました。でも、インディアンジュエリーについて詳しいわけでもなく、何より自分の中で気持ちが続きませんでした。自分が心から愛せて、誰かのために考え続けられるものが何か、考えてたどり着いたモチーフが車です。形が特徴的な昔の車と日々の生活で使うコームが合わされば、テンションのあがるものができると思いシフトチェンジしました。
モノづくりを続けた中で渡辺さん自身が見つけた大きなカギは「本気になって作れるものは 何か」だったのです。
そして、モノづくりのサイクルを回すのに不可欠だったのが、利用者としてフィードバックを繰り返した「ChopLuck BARBERSHOP」オーナー、佐藤さんの存在でした。
渡辺さん今回のプログラムが始まる前からコームを作りたいと相談していて、コームについての基礎知識を教えてもらいました。教えてもらったことを踏まえて試作品を作ったのですが、最初は大失敗でした。
初めての試作品は真鍮(しんちゅう)で作られたものでしたが、持ちづらい、重くて頭に刺さりそう、髪に通そうとするとひっかかる、と多くの改善点があがったそう。
渡辺さん形状は既製品をベースにしていたので、あとは佐藤さんから聞いた改善点を全て改善できるかが問題でした。重さを改善するために材質をアルミに、持ち手もフィットする太さに、髪にあたる面もとがりをなくしてなだらかに、1つ1つ改善を重ねました。
最初のアイデアを形にして、実際に使用した声を聞くことで少しずつデザイン思考のモノづくりが実現されていきます。
渡辺さん自分1人では「格好いいものを作りたい」で終わっていましたが、「佐藤さんが使いやすいと思えるものを作りたい」という目的が芽生えたこと、改善のために佐藤さんも社内の人たちも積極的に協力してくれたことで少しずつ変わりました。最初からデザイン思考に忠実に行った訳ではないので、プロセスを辿ると不思議な気持ちです。
「格好いいモノをつくる」から始まった渡辺さんの挑戦。そこからデザイン思考のモノづくりへとアップデートされる様子を見て、高橋さんは新しいモノづくりの形を見ていました。
高橋さん思いついたアイデアをまず形にする。そこから現場に立つプロに感想を聞いて、その人が使いやすいように改善を重ねる。これはまさに人間中心設計そのものですよね。デザイン思考における理想の形だと思います。最初は自分の好きなモノをつくるところから始まったとしても、周りの人たちを頼りながら試作と検証を繰り返すことで、自然とユーザーへの意識が芽生えてくるのかもしれません。最初はつくりたいものから、周りの声を聞いて次第にステップアップしていくのもいいですね。
このプロジェクトを通して、デザイン思考のモノづくりにおける新たなプロセスが生まれていました。
日ノ出工機の技術にデザイン思考が組み合わさり開発した完成した「Jeal」。県内を中心に販売を始め、モデルとなる車種も今後増えていくとのこと。
渡辺さん今回作ったデザイン以外にも、車種を変えて種類を増やしていこうと思っています。セミオーダーで受けた注文に合わせて刻印を入れたり持ち手の幅を変えたりすることも考えています。ですが、まずは今回できた製品をお世話になった「ChopLuck BARBERSHOP」を始め、地場でじわじわと広めることに力を注ぐつもりです。
渡辺さん「これを作りたい」と決めたら突っ走るしかないです。自分の好きなものでも人の役に立つものでも何でもいいのですが、とりあえず一個、形にすれば共感してくれる人は絶対に現れるので、まずは失敗を恐れずに形にしてみてください。
高橋さん僕からも同じです。失敗を恐れずに、まずはアイデアを形にしてみてください。予算など不安に思うこともあるかもしれませんが、最初の試作品まではお金に囚われずに作る方がいいです。試作品を作れば共感してくれる人も、競合となる人も生まれます。そこから金銭面の課題をクリアできるヒントが現れるかもしれません。今回のワークショップで使ったフレームワークは、ビジネスとして成立するかの検証まで行うことができます。この話を聞いて少しでも興味を持った方は、まずはフレームワークを試してみてください。